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zoom RSS 経済学説史のレポートを書いてみた。

<<   作成日時 : 2005/07/21 01:16   >>

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お題は二種類あり「経済学と人間学」(山崎 怜)「アダム・スミス」(山崎 怜)を読み
(イ)面白かったところ、有益だったところ。
(ロ)面白くない、疑問がある、意見を持つところ。
を一箇所ずつ摘出し、何ページのどこというのと理由をつけて千六百字から二千字で提出とのこと。
だったのですが、私面白くなかったところを書いたらそれだけで千六百字こえてしまったのですよ。
仕方ないのでかなり削りました。
まあ、私に相手を否定する文章を書かせたら右に出るものは
世界の人口の4分の3くらいしかいないので当然の結果といえばそうなのかもしれませんが。
というわけでさらしておきます。
長いので読むのは大変だと思いますがね。


「経済学と人間学」における面白くなかったところ、七十四頁二行目からの「スミスの風貌を彫塑する仕事には一定の意義をみとめることができる」の部分。
なぜ、一定の意義を認めることができるのでしょうか。
前述されているとおり、スミスの風貌を知るものでかつ、しっかりと胸像(以降全身立像も含む意味として使う)を制作したものはおろか、風貌を知っているものでさえ「スミスは肖像嫌いで自ら直接モデルになる人物ではない」という事実が存在しているため、まともに描いたとされるものがない、ならばそれがリアルなスミスを描ききることができているのだろうか。
私にはそうは思えない、実物の肖像を見ていないので評価に困る側面があるが、せっかく機会を与えてもらえたので書き記すことにする。
まず、絵についてかの有名なピカソをご存知だろうか、彼の作品は実にユニークな作品が多く、素人の私はおろかプロでさえ評価に困りそうなタッチで描かれている。あのような作品から当時の人を想像してみろといわれても非常に困難なものだろう。
すなわち、スミスをたいして観察することもなく描いたと推測できるこれらの創造の産物としか言いようがない作品に、一定の価値があるのかといわれれば、ないこともないとしか言いようがない。
また絵というものはパソコンで文字を入力するように全員が同じになるということは考えられない、自筆でノートをとるように一人一人違うものになるからだ。
ならばこの数種類の肖像をとってみてもまったく同じといえるものはなく、またそのような不確かなものを根拠にしつつ創造で胸像を制作したというのなら、同様のことが言えなくもないだろう。
ところで立像といえばミロのヴィーナスをご存知だろうが、あれは両腕がなくだからこそ右腕には剣を、左腕には盾を持っていたとか、両腕で瓶を持っていたのだろうと見る人によって様々な見方ができるという立像である。無論そのまま見ることで美しいと感じ、そこまで考えない人もいるだろう。
つまり、人間というものはないからこそ想像力を豊かに働かせ、いろいろと考えそして楽しむことができる生き物なのである。
そして、研究というものは進めていけば誰かがその真理に少しずつ近づいていき解明されていくものでもある。
ならば、スミスの風貌についても何世紀後かには解明されるかもしれない。そこで今の人類が彫塑する仕事に一定の意義を認めることはナンセンスなことだと考えるからである。
面白かったところは六十三頁十四行目の「ネス湖というのはあの怪獣ネッシーの出没するネス湖なのか。」の部分。大学に入ってネス湖についての文章を見るとはまったく想像していませんでした。
今よりももっと若かかった時、その当時の私はネス湖のいわゆるネッシーだけではなく、その手の未確認生物全般に興味をもち、子供ながらに調べてみたという思い出がありなつかしく感じたからである。

「アダム・スミス」における面白かったところは、九頁三行目からの「スミスの人生上の出来事は伝記作者のいずれも言及するように不明の部分が多く実証可能な諸事情に乏しい。そこでさまざまな間接的資料や言い伝えに頼らざるを得ない。」の部分について、なぜなら、序説でスミスほど特異な人物はいないとはっきりと明言しておきながら次の第一章でこのような文章が出てきたらここが面白いと考えない人間は少ないだろう。
歴史上の人物はほぼ全てといっても問題ないくらいの人物が当時の人が残した関連書物などにより、推測・憶測をまじえつつ現代の人により後世の人々にその人物の活躍が伝えられていくものである。
ならば、ここであえて不明な部分が多い、すなわち失礼かもしれないが筆者の妄想を含むことによって都合のいいように解釈され、書かれているなどということが容易にこの私でさえも推測できるからだ。
もちろん、このようなことは法律の解釈でも同様なことが言えるため別段めずらしいことでもない。
法律の解釈というものはまず、その法が何のために定められたのかの趣旨を読み取り、その範囲内で自分の都合のいいように解釈していくものであるからだ。
面白くなかったところは、十二頁三行目の「散歩どころではない時間を要するので」の部分。
一マイルは千七百六十ヤードで、約1609.344メートル、その十五倍だから約24140.16メートル何ていう計算をする人は少ないと思う。
したがってこのあたりについては、日本で使われているキロメートルでも書いて欲しかった。



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